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長崎唐人屋敷跡

長崎には唐人屋敷跡というのがあります。

DSC_3762唐人屋敷

寛永12年(1635)から中国との貿易を独占的に行っていた長崎港。

長崎旅ネットのHPから参照すると

来航した唐人(中国人)達は、はじめ長崎市中に散宿していましたが、

密貿易が増加したため幕府は元禄2年(1689)、鎖国後の出島と同じように、

唐人達を収容する唐人屋敷を建設しました。現在は四堂のみが修復改築され残されています。


日本人で唐人屋敷に出入りを許されていたのは遊女と僧侶だけでしたが、

唐人達は唐寺などへ出掛けていたので、長崎人と交流する機会は多かったと考えられてます。

当時の中国からの輸入品はというと、生糸などの織物や、砂糖、薬品、

香料、金属、書籍等ですが最大の輸入品はやはり中国文化。

長崎を代表する行事や芸能“精霊流し”“ペーロン”“龍踊り”は、

どれも唐人屋敷の中国人達が長崎に運んできた風習の名残です。
(長崎旅ネット参照)


今も福建省あたりの言葉を話す子孫たちがちゃんぽんやさんをしていることも
珍しくありません。

唐人屋敷ができる前はもっと長崎市民と唐人たちが一緒になって

暮らしていたと推測される長崎です。

DSC_3766唐人屋敷付近 風呂屋 DSC_3769長崎唐人屋敷付近電気やさん

DSC_3772唐人屋敷 DSC_3770唐人屋敷付近 民家



福建語や客家語、ビンナン語は広東語と類似していて

今も長崎の町と香港がよく似ている低い山や綺麗な海の風景や

ペーロンなどの文化に触れることが多くて

長崎と香港の関係に興味がわく所以です。

勿論いろんなところから貿易のため多くの唐人たちがやってきたでしょう。

船に乗って危ない人たちもね。

日本で使われる結構汚い言葉も類似していて気になるところ。

鎖国以前はこの長崎にいろいろな言葉が行きかっていたのかと思うと

ワクワクします♪

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大村湾クルーズ

大村湾クルーズなんて聞くとリッチな感じ

今回は偶然、近くの地域のお祭りがあり

大村湾のクルーズができるというので参加してきました。

一人500円。

DSC_3730クルーズ船

普段は佐世保の西海橋あたりにいるという

よく働いている様子の小型のクルーズ船。

今回自治体が借りてきたようです。

よく「日の出の別府湾、日の入りの大村湾」と言われます。

大村湾の夕日はとてもきれいですよ。

こういうの定期的にすればいいのにね。

観光っていくらでも考えられると思うんですけれど・・・・


このあたり学生たちがカヌーの練習もよくしています。

この日は小さな子供たちも参加できたようです。

DSC_3741カヌー

お祭りには手作りのお店や食べ物のお店ももたくさん出ていて

この雰囲気は私にとって久しぶりです。

手作りの色鮮やかな布草履が、香港の石の床にはぴったりと思って2足購入。

そのそばで竹トンボなどおじいさんが作って売っていたので孫たちに購入。

すると「たくさん買ってくれてありがとう!」と売り物の銀杏を一袋くれる。

こんな優しいおじいさん、ちっとも儲からないよ~。

DSC_3737大村湾

長崎はなんでも食材が揃っています。

魚はもちろん、お肉も野菜もミカン、びわなどの果物も・・・

忘れてました。お茶もです。

大きな花生(ピーナッツ)も取れます。

茹でて食べるのです。

DSC_3745長崎産ピーナッツ


不便だけれど歴史のあるいい街

どこに行っても人がそれほど多くなくてほっとする。




義母の退院日。

さて明日はDAPUMPの待望のワンマンライブ♪・・・じゃない。

長崎の義母が大腿骨骨折からリハビリ施設を経ていよいよ退院の日です。

寝たきりになる人が多い中で

リハビリがほぼ2か月での退院は92歳では立派なもんでしょう。

そういえばISSAも大腿骨骨折からあのダンスです。驚きです

民謡をやっていた義母はもう踊りはできないけれど

92歳ですっかり回復とはやはり驚きです

転倒リスクのため歩行器が必須と言われているけれど

いうこと聞くのかしら?

私たちがまた日本に行くより先に退院になったのは

本人の強い希望もあったけれど

やれ「お金が無くなった」だとか「私はいつも狙われている」とか

「ここにはもうおれん」とか「私は一生ここにおればいいんだね」とか

鬱の状態みたいに落ち込んでいたので

身体より精神的に早めの退院をさせてくれたのです。

「退院の日は私たちは行けないから人の言うこと聞いて連れてもらってね」

というと初めは「知らない人に連れてもらうのは嫌。」と言ってたけれど

それより早く退院したいのであきらめた様子。

元の笑い合える知り合いがいる施設もすっかり忘れたと言うけれど

自分の身の回りのものが置いてある懐かしの自分の部屋に入ると

思い出すでしょう。

次回会うときは何にもなかったような顔をしているかも・・・・












長崎ちゃんぽん、皿うどん

DSC_3531ちゃんぽん 皿うどんDSC_3532

長崎のちゃんぽん、皿うどん愛はもうどうにもならないんです。

皿うどんは普通出前が多いんですが

どのお店の方もご高齢の方が多くなってきました。

小さな個人のお店が多い観光地長崎。

長崎のカード払いが広まらない一因は

この店舗形態にあるようですが、この形態がいいんですけれどネ。


このお店NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」に出ていましたね。


店内は10名も入れないほど小さい。

ご近所の方の電話での注文が多いようですよ。

「ちゃんぽん食べたか!」でしょうね。

昔ながらの長崎の味

あっそうそう。

皿うどんの原型は香港でも食べられますよ。

香港で初めて食べた時「あら。これ皿うどんじゃない?」って思ったぐらい。

もやしときくらげだけで長崎のかんぼこは入ってないけれどネ。

兄弟みたいな香港と長崎。










初代 香港上海銀行長崎支店長住居

香港でいつもお世話になっているHSBC(香港上海銀行)。

長崎にHSBCの長崎支店が開設されたのが1892年。竣工が1904年。

長崎には記念館として今も海を眺める場所にその美しい洋館が建っています。

個人的にはここにも香港と長崎のつながり感じないわけにはいかない。

その初代支店長が居留していた住居がこちら

DSC_3549長崎居留地

東山手甲十三番館。

山の上のいい場所です。

中は重要文化財でありながらカフェになっています。

案内板がちょっと小さい。

DSC_3547長崎居留地 DSC_3539長崎居留地

DSC_3537長崎居留地 DSC_3540長崎居留地

明治中頃まで800近くあった洋館を当時は惜しげもなく壊してしまって

残り100棟あたりでその重要性を認識しだしたという驚きの歴史があるそうです。

今は長崎の観光スポットになっています。

カステラにアイスを挟んだものをおいしい珈琲と頂きました。

香港人や台湾人も大勢来てくれるようで

私も将来的には香港と長崎の懸け橋に何かお手伝いをしたいと申し出てきました。

今まで長崎の観光地にはあまり足を運ばなかったけれど

近くの病院でリハビリしている義母を見に行った帰りに

珈琲の看板を見て初めて入った建物だなんて・・・・

まったく。








     
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