文学のメロンボール

メロンボールとはメロンを器にして、オレンジ、いちご、ブルーベリー、パパイヤなど色鮮やかなフルーツを載せた食べる宝石箱。メロンボールに文学や生活の小話を食べやすい形にカットして盛り付けたいです。

プーランのチョコレートとバルザック『ゴリオ爺さん』 

好きな食べ物はと聞かれたら果物とチョコレートと答える。
いつも家の中にチョコレートはある。
ほら。これも

プーランチョコ


プーランのチョコレートは1848年にフランスでデビューしました。
1848年といえば二月革命の年。
ブルジョワ社会全盛。このころからフランスは経済的発展の時代に入ります。
鉄道網が引かれ、銀行が設立され、有名デパートが立ち並びます。
エッフェル塔が鉄文明の象徴とされます。
街は華やかな消費社会へと、突き進みます
見てきたみたいに興奮しますね〜

でも19世紀の前半のパリは、整備がされず、道路の中央に下水が流れ、不潔で
失業者も多く、コレラの大流行にも合います。

                        

今日は19世紀前半が舞台のバルザックの『ゴリオ爺さん』をメロンボールに盛りつけます。
この小説は1830年の7月革命で上層ブルジョワジーが頂点にたったすぐ後に書かれました。
舞台は1819年のパリ。
地方の貧しい法学生ラスティニャックはパリで成功を狙う若者。
野望の渦巻く社会機構のからくりが分かるにつれ、
嫌悪感を抱きつつ、彼は次第に変化していきます。


とにかくバルザックのリアリズムはすごいさすが
カメラでグリーと見渡して、ズームインという感じで、
社会の現実を忠実に描いていきます。
家屋敷の開き窓や階段の着色タイル、コーヒーセットの金の網目模様の半ば消えかかった様子、
ソファーの柄や着ている服まで手に取れるよう
それに匂いや色合いまで伝わってきます。


バルザックは自然を表現するのに
ひとりの人間を描くのでは不十分で、ひとつのシステムでなければならないとしています。
確かに人間は一人では決して生きていませんね

  
                          

ところで19世紀にたてられたデパートには、
オ・プランタンサマリテーヌ、ギャラリーラファイエットなど
きっと当時の人々は驚いたでしょうね。
社会が華やかな楽天的な気分になったのはたやすく想像できます。

でもそのサマリテーヌが建物の老朽化で2005年から閉鎖されているらしいです。
華やかな時代を経て、変化していくのはなんだかさみしい〜
2011年にリニューアルするらしいけれど・・・
他のデパートも私がパリに行くまで潰れないでね。
待っててね

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映画ランンボーとアルチュール・ランボー 

映画「ランボー最後の戦場」が今、公開されています。
ランボーというこの名前、ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、
実は原作『一人だけの軍隊』の原作者デイビッド・マレルが、
アルチュール・ランボーから刺激を受け,つけたとされます。

                         

ということで今日は詩人アルチュール・ランボー(1854-1891)をメロンボールへ盛りつけます。
彼はフランスの象徴派ヴェルレーヌにその才能を見出されパリで共同生活を送り、
そのあと二人でのベルギーやロンドンへの放浪の旅をします。
ヴェルレーヌによるランボーへの発砲事件で二人の仲は破局、
その後関節腫瘍のため右足切断するなど短いすさまじい人生を送ります。


早熟な才能を発揮『地獄の季節』(1873)を短い詩と散文でつづります。

また激しい反抗が浮かぶ小曲「母音」の中で彼はこう言います。

     「僕は母音の色を発明した。」

日本語でいえば「あ、い、う、え、お」から連想した色に結びつけるのです。
概念を色にですね〜  むずかしい

よく小説は心理を描き、詩は観念を表現するといいますねえ。
アルチュール・ランボーは当時の社会に「怒り」をもちながら(映画のランボーもですね)
瞬間的、直接的な印象や感覚の言語を作り出すのです。

と色の感覚、音とリズムとイメージを結びつけます。

                         


日本でも多くの詩人や作家が影響を受け、
特に中原中也(1907-1937)がよく比較されます。
「サーカス」の中にこんな言葉があります

    幾時代かがありまして/茶色い戦争ありました・・・・・
    ・・・汚れ木綿の屋蓋のもと
    ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

宮澤賢治の「やまなし」の中にもこんな有名な言葉

    クラムボンはわらったよ。/クラムボンはかぷかぷわらったよ。

                         

印象や感覚の言語・・・
そういえば、言葉にすると嘘っぽくなることってありますね。
言葉では真実を表しきれない、
知っている言葉では、正確さが表現できない、そんなこと。

自分の手におえない程の雄大な自然の景色や
あまりにも美しい光景に涙が出そうになったことありませんか?

理由もなく流れる涙にやはり深層の理由があるはずですよね
ランボーならどんな言葉でこの涙を表現するのでしょうか?

感覚を言葉にするのはとても私には不可能でございます
胸キュンしか浮かばない私です。もっと文学的言葉ないかな〜

                        
                           
         
               
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詐欺とジイド『贋金つくり』 

私たち家族がだまされるはずがない
こんな自信があっけなく崩れた
タイ旅行での話
詐欺団の登場人物は主要人物三人、あと周辺の人物四、五名。
騙されているのも知らず、私たち家族は
宝石店に向かう三輪車トゥクトゥクの中で
こう話した。「これが詐欺だったら完璧だね・・・
木の人形

                        
今日はメロンボールにアンドレ・ジイド(1869-1951)の『贋金つくり』を盛りつけます。
この小説は、少し複雑な構成。ジイドの生涯のあらゆる状況をデフォルメした事件と
それらの事件の間を生きながら「贋金つくり」という小説を
書こうとするエドワールという作家の日記で構成されています。
一大交響曲となっていてジイドはこの作品を「わが唯一の小説(ロマン)」と呼びます。

特定の視点から現実をゆがめないように試み、人生の無限の広がりを書こうとしたもの。
世間には知的で道徳的である贋金つかいが充満しているという風刺的作品にも取れる。

「ジイドによれば・・・人生はドラマとなり得る口火---可能性を多く孕んでいるが、普通、
小説家が描くように発展し終結することは稀である。・・・」(『贋金つくり』岩波書店、川口篤訳)
だから、真の小説家は、作中人物の行動を見守り、その言葉を聞く。
作者が小説を作り上げるのではなく、作中人物と、読者自身の補足で、
作品を作り上げるよう協力を求める。
  

                       

ところで、詐欺被害の件は、家族の機転で事なきを得たけれど、
ストーリーを考えた詐欺団の作者も、複雑な要素でストーリが代わって、
さぞかし地団太を踏んだことだろう。
ジイドが言うように、現実は「小説家が描くように発展し終結することは稀である」ということ。
でもあのトゥクトゥクのおじさんだけはいい人だったはず・・・。
これってまだ騙されている


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GWとヴェルヌ『海底二万里』 

ゴールデンウイークまっただ中。
今年は天気にめぐまれよかったですね。
日本の景気が気になる昨今。観光地もまずまずだったのではないでしょうか。

渋滞をさけ、ひっそりとたたずむ温泉を見つけゆったり
新鮮な野菜を求め近場のアグリセンターを回ったり、今年はゆっくり時間を過ごしてます。
リース赤いつる極小
この連休にはディズニーランドに行った人も多いはず。
ディズニーシーにも取り入れられているこの作品。
今回はジュール・ヴェルヌ(1828−1905)の『海底二万里』を
メロンボールに盛りつけます。
                     
ヴェルヌは、ロワール地方で生まれます。
ロワール川の中州にあるフェイド島には
船員たちが立ち寄り異国情緒が漂っていたそうです。
彼はその地から離れることなくブルジョワ生活をおくります。
抑圧された環境の中、想像から物語を生み出します。

この作品以外にも『八十日間世界の旅』『五週間風船旅行』や
『地底旅行』に『漂う都市』書いたらキリがありません。

『海底二万里』(1870)はネモ船長と
海洋生物学者たちのノーチラス号での海の旅。
ネモ(「NO ONE」誰もいないの意)は、謎の船長。
潜水艦ノーチラスで酸素の持続時間と戦います。
ヴェルヌは閉鎖された空間での危機に
時間との戦いという近代性を打ち出します。

日常から非日常での出来事。
これは真の大人になるためのプロセスとして捉えられます。
19世紀は自然科学の発見が相次いだ時代。
科学的なものの見方が重要視された一方、小説の世界では
不可視の世界へのあこがれや言語の神秘への強い関心が起こります。

未来予知で科学的で幻想的。
現代のさまざまな分野で参考にされ影響を与えています。

夢と冒険。私の好きな言葉です。
でもアトラクションはね・・・キャー、ウオー

                        



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やさしい人とモーパッサン『脂肪のかたまり』 

世の中には本当にやさしい人がいますね。
今日は私のためにお弁当を作ってきてくれた人がいました。
細かく刻んだ野菜のドライカレー。ほんのり甘いので聞くと
ゆず茶のシロップを入れたとのこと。デザートも付いて、ホントにおいしかった
Nさんに感謝。ありがとう

今日のメロンボールに盛り付けるのは、残念ながら
こんないい人とは反対の人間が描かれた作品です。
ギ・ド・モーパッサン(1850-1893)の『脂肪のかたまり』。
すごい題名でしょ。

モーパッサンといえば『女の一生』で有名ですが、
彼は短い生涯の中、10年間ほどしか作家活動をしていません。
長編が少なく、短編は300近く書いてます。その中の一遍。

プール・ド・シュイフとは「脂肪のかたまり」という意味で、
太っていることから娼婦に付けられたあだ名。

占領下を抜け出し同じ馬車にのる十人の六日間の旅のお話。
馬車の中で、上流階級の人間と、下層な地位の娼婦。
彼女はさげすまれるが、上流階級の人間は彼女を偽善で
大いに利用する。

利用価値がなくなるとすぐさま、冷酷に扱われる。
上流階級の俗悪な人間性を皮肉と滑稽さを交え、
徹底的に描き出す。

簡潔な文章で読みやすいのでお勧め

人間は俗物的な社会に生きる以上、俗物的にになってしまうのでしょうか。

芭蕉は
  「物ほしや袋のうちの月と花」といってます。
  布袋様の袋の中は月と花が入っているから、それがほしいと・・・

私にはあの袋には、金銀お宝がいっぱい入っているような
そんな気がするんですが、
ひょっとしてこれって、俗物的?

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