りんごの季節がやってきました


りんごと言えば以前何かで読んだ印象的な文章があります。
それは汽車の中の老夫婦の話。
汽車の中でおばあさんがりんごをむきはじめます。
きれいにむいたひとつをおじいさんに渡します。
おじいさんも無言でそれを食べ始めます。
その作者はおじいさんはその時本当にりんごを食べたかったんだろうかという
コミュニケーション不足の提言だった。

今日は
オー・ヘンリーの『賢者の贈り物』をメロンボールに盛りつけます。
あまりにも有名。
デラとジムの貧しい二人。
二人が持っているのはデラのうつくしい髪とジムの金時計だけ。
クリスマスの贈り物にお互いが渡したもの、それが櫛と金時計の鎖。
それを買うためにお互いは唯一持っていたものをすでに売っていたんですね

。
こんな話私もいつか書きたい

!!
英語で「The Gift of the Magi 」 Magiとは東方の賢者だけど昔の魔法使いの意味も。
魔法のようにびっくりするような贈り物。そしてそれはあまりにも美しい思いやりの心です。

さてコミュニケーションはとっても重要、だけどデラとジムが
合理的にコミュニケーションを取っていたらこんな美しい話はうまれなかったはず。
先ほどのおじいさんとおばあさんもお互いの思いやりの心で
心温まる風景が出来上がったのでは・・・
もちろんおじいさんはあの時おなかいっぱいでりんごなんか食べたくなかったかも知れない、
入れ歯では噛みにくいしな〜

なんて思ったかもしれない。
でもおばあさんがむいてくれたんだからってやさしい思いやりで食べたんでしょうね。
コミュニケーションと思いやり、この二本立てでなきゃね

アダムとイブのりんご。
「ダ・ヴィンチ コード」のキーワードも当然APPLEでしたね。
神話

から現代まで、欧米世界ではりんごは不滅です。
日本でもりんごはおいしくてエライよ。
食べながらふと思った。
りんごをむく手に思いやり・・・こんな標語はどうかしら
銀座コロンバンのメロンボールはなんと「ムロン」と言います。
デパ地下で足を止めてしまいました。

ムロンはフランス語でメロンのことだそうなので、そんなに驚くことはないけど、
一瞬「無論」って漢字が頭をよぎったよ。
ねっ、ねっ、やっぱりメロンボールは
果物の宝石箱や〜

でしょ!
今日はアメリカ20世紀の小説家
トルーマン・カポーティの『ミリアム』を
メロンボールに盛りつけます。
彼の名前を知らなくても『ティファニーで昼食を』はご存じのはず。
ムーンリバー

ラ〜ララララ

失礼いたしました

彼はゴシップにまみれた後年でしたが、幼いころは孤児のような悲しい生活を送ります。
そのせいでしょうか、人の心の闇や孤独、自分という存在の不安定さを描きだします。
この『ミリアム』は自分を見失いそして自立していく女性を描いています。
作品全体に『ティファニーで朝食を』と同じように都会的な雰囲気が漂っていますね

。
自分と同じ名前の謎の少女ミリアムは、宝石箱から別れた夫の贈り物である
カメオのブローチをもっていってしまう。
彼の作品の中に出てくるj宝石は、切ないものの象徴かも知れない

。
「彼女はレキシントン街を走るバスに乗り、北に向かい八十六丁目までいった。
・・・・何が欲しいのか、何が必要なのか、
考えはなかったが、彼女は、通りをぶらぶら歩いていった。
元気よく、傍目もふらずに歩いている通行人たちだけを眺めた。
彼らを見ていると、彼女は、自分がひとりぼっちになったようで
心が落ち着かなかった。」(新潮社)

自分に自信のないとき、自分を見失いそうになったとき、
大勢の人の中での孤独を感じることは容易に理解できますね

。
この小説では主人公が最後に自分が頼りにし、信じることができる人間は誰なのか?
その答えをはっきりと自覚します。
やっぱりたどり着くところは人間「自立」「自律」です。
そろそろ私も・・・・
ムロンを食べてよーく考えます。
冷たくしていただきます〜