映画「ランボー最後の戦場」

が今、公開されています。
ランボーというこの名前、ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、
実は原作『一人だけの軍隊』の原作者デイビッド・マレルが、
アルチュール・ランボーから刺激を受け,つけたとされます。

ということで今日は詩人
アルチュール・ランボー(1854-1891)をメロンボールへ盛りつけます。
彼はフランスの象徴派ヴェルレーヌにその才能を見出されパリで共同生活を送り、
そのあと二人でのベルギーやロンドンへの放浪の旅をします。
ヴェルレーヌによるランボーへの発砲事件で二人の仲は破局、
その後関節腫瘍のため右足切断するなど短いすさまじい人生を送ります。
早熟な才能を発揮『地獄の季節』(1873)を短い詩と散文でつづります。
また激しい反抗が浮かぶ小曲「母音」の中で彼はこう言います。
「僕は母音の色を発明した。」

日本語でいえば「あ、い、う、え、お」から連想した色に結びつけるのです。
概念を色

にですね〜 むずかしい

よく小説は心理を描き、詩は観念を表現するといいますねえ。
アルチュール・ランボーは当時の社会に「怒り」をもちながら(映画のランボーもですね)
瞬間的、直接的な印象や感覚の言語を作り出すのです。
音

と色の感覚、音とリズムとイメージを結びつけます。

日本でも多くの詩人や作家が影響を受け、
特に
中原中也(1907-1937)がよく比較されます。
「サーカス」の中にこんな言葉があります
幾時代かがありまして/茶色い戦争ありました・・・・・
・・・汚れ木綿の屋蓋のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
宮澤賢治の「やまなし」の中にもこんな有名な言葉
クラムボンはわらったよ。/クラムボンはかぷかぷわらったよ。

印象や感覚の言語・・・
そういえば、言葉にすると嘘っぽくなることってありますね。
言葉では真実を表しきれない、
知っている言葉では、正確さが表現できない、そんなこと。
自分の手におえない程の雄大な自然の景色や
あまりにも美しい光景に涙

が出そうになったことありませんか?
理由もなく流れる涙にやはり深層の理由があるはずですよね

ランボーならどんな言葉でこの涙を表現するのでしょうか?
感覚を言葉にするのはとても私には不可能でございます

。
胸キュン

しか浮かばない私です。もっと文学的言葉ないかな〜
どーにも表せなくて、もどかし〜時ありますね
言葉に表してしまうと、つまらない事になって
ガッカリしたり・・・
でも、感じ方は人それぞれ、
それをうまく表現できなくてもいいから、
小さなことにも感動できる気持ちを持ち続けたいですね