この間の梅が梅干しになりました。

少し手間がかかるけれど、毎年途切れさせるのがなんとなくできないのです。
こうしてあと10年20年たつとプロになるんですね〜うっとり

昔から続いている文化はやはり変化させながらも引き継いでいく義務がありますね。
こんな時代だからこそ「温故知新」が大切です。
昔に新しさをみる、昔に様々なヒントを得る。
びっくりすることが山ほどあります。
だから、私にとって、日本や世界の古典って宝の山なんでございます

今日は
徳冨蘆花の『自然と人生』の中の「灰ジン」をメロンボールに盛りつけます。
蘆花は徳冨の点のない冨にこだわっていたそうです。
だから「徳富」じゃなくて「徳冨」。
『自然と人生』は、四季の移り変わりを描いた小さな作品が並びます。
トルストイに傾倒し、ワーズワースの自然観

やヒューマニズムに影響を受けた彼は
作品の冒頭にワーズワースの言葉を載せています。
木や雲、朝

や夜

、雪などの自然の中に人間も入っています。
賢兄「徳富蘇峰」への反抗の思いも込められたこの作品は、
スリルとサスペンスとスピードのある、手に汗

握る作品です。
短編をようやくするとチョー短編

になってしまいますが次のような内容です。

馬鹿な長男と冷酷な二男、猛
そして好人物三男の茂という息子たちがいる名家。
西郷戦争を背景に、戦争から命からがら帰ってきた茂。
家督と茂の恋人まで奪おうとする猛が、
家の名誉を口実に、邪魔な茂に自害を迫る。
猛に反対できない母までが自害を迫る。
「おっかさん、あなたも」という茂の言葉が忘れられず、
母は自責の念から気が狂ってしまう。
ここの描写がこわいな〜
気が狂った母が火

を出してしまう。
茂の恋人も自害し、名家は何も残すことなく灰になってしまう。
人間の見栄と欲によって、人間の営みがいとも簡単に崩れ去っていく。
社会的制裁をはねのけようとする蘆花の迫力が伝わってきます。

自然の中の人間、社会的堕落の人間。
だから、いつの時代も人間って何だろうという「人間の存在」という課題が
生まれてくるのですね。
人間には楽しみ

もいるし、お金

も必要ですね。
でも境界線をこえるかどうかが幸せと不幸の境目になっているような気がします。
見栄と欲はほどほどにね。強欲はもってのほかです

ハイ
多少の見栄や欲は、必要と思うところもあるけれど
過ぎたるは・・・ですよね
欲張り過ぎずに、楽しく生きることができたら
満足満足です