
租界であった上海はヨーロッパの香り。
異民族の文化に影響され、アジアのモダニズムの先端を走りました。
ジャズ

やナイトクラブ

、
ネオゴシックやネオバロック建築が今も堂々とそびえてます。
今度は上海で万博です。
アツいオリンピックと夏が終わって
次回のオリンピック開催国はイギリスです。
その時までに4つも年を重ねるなんて信じられない

有意義に過ごしましょうね

。
今日はイギリスにちなんで映画「キング・アーサー」をメロンボールに盛りつけます。
というのも
トマス・マロリーの『アーサー王の死』を読んでないからね。ごめんね。

アーサー王は5世紀半ばにいたといわれるブリトン人の強い武将。
伝説化され、トリスタン伝説や聖杯伝説が組み込まれて今の形になったそうです。
ヨーロッパでは当然みんなが知ってる、アーサー王。
どんなに装飾されようと、英雄、奇跡、忠誠を誓った人との三角関係が
話の中に組み込まれていれば誰だって、
「はは〜ん、アーサー王ね!」

ってわかるんです。
諸国の制覇や魔法使いマーリン、王妃グィネヴィア、円卓の騎士ランスロット・・・
これらが形を変え、姿を変えいろいろな所に・・・見つけてね!
「川から流れてきたのが桃で〜」なんて話をすると
桃太郎の話だと日本人がわかるようにね

。
映画「キング・アーサー」も現代に即して「自由」を大きく掲げ、
素敵な騎士アーサーが登場してます。
宝剣エクスカリバーの力にもびっくり。
やはり騎士道は紳士につながりますね。
その民族に伝わる伝説は政治的にも悪用されることがあるけど
夢や勇気も当然与えます。

友達の家のワン子ちゃん。名前が「アーサー

」と「マーリン

」
「アーサーは名前負け」らしい。
アーサーがんばれ!!

珈琲・・cafe・・コーヒー・・・
どのように書いてもいい香りがただよってくるようですね〜

。
私はやっぱりコーヒー派
コーヒーには何となく重厚な雰囲気を感じます。
この重厚な雰囲気はどこから来るのかというとやはりコーヒーハウスからでしょう。
実際、コーヒーハウスが世界で初めてできたのはトルコで1554年といわれます。
そこは調度品や装飾品に最高の物を置き、厚いじゅうたんが敷かれサロンとして
当時の上流社会の人々が集ったそうです

あのトルココーヒーを飲んでたわけですね。
その後、オスマントルコ軍のウイーン包囲でオーストリアにコーヒーが伝えられ
そして17世紀の30年戦争のころドイツに伝わってきます。
ヨーロッパはコーヒーがよく似合うはずですね。しっくり〜
今日は重厚なドイツ文学をということで
ゲーテの『ファウスト』をメロンボールに盛りつけます。

日本のドイツ文学研究を代表する高橋義孝の名訳があります。
ファースト博士が悪魔のメフイストと取引をする最初の場面です。
ああ、哲学は言わでのこと
医学に加えて法律学
無駄なことに神学までも
胸を焦がして学びぬいたが
今ここにいる この阿保は
昔と同じ阿保のままだ! 名訳!!ですね〜
博士ともあろう人でも、いくら学んでも真理は、わからず
結局は何もわからないと博士は嘆きます。
学んでも学んでもアホなら、学ばなくても同じなんて言わないでね

凡人は真理なんぞわからず終わっていくもんなんですね。
人間を含む自然とはなにか。
人間は何に向かって生きるのか。
凡人はそういうこと考えていると、最後には
ここはどこ?私は誰?ってことになってしまいますね

結局ファウスト博士は最後には天使に救われます。
そこが私たちにも救いになりますね。
天使たちはこう言います。
たえず努力していそしむものは
私たちが救うことができます・・・
そうだよね!
いつも努力していればきっといいことがあります
ゲーテの名前を知らない人はいないですよね。
貴族で、知的で、イケメン

と桁はずれの三拍子。
現実を自分の目で確かめたい!そう強く思う直観の人なんです

。
わらべは見〜た〜り〜

野なかのば〜ら

そうじしながら思わず出たこの歌、小学校か中学でならったでしょ?
シューベルトの「野ばら」もゲーテの詩なんですよ
コーヒー

を飲みながらたまにはゲーテ

もいいかも

熱い夏はまだ続きますね〜
こんなときはポエムはいかがでしょう

今日は茨木のり子の「倚りかからず」をメロンボールに盛りつけます。

この詩集から「マザー・テレサの瞳」を一部抜粋します。
・・・外科手術の必要な者に
ただ繃帯を巻いて歩いただけと批判する人は
知らないのだ
瀕死の病人をひたすら撫でさするだけの
慰藉の意味を
死にゆくひとのかたわらにただ寄り添って
手を握りつづけることの意味を
----言葉が多すぎます
といって1997年
その人は去った・・・・

慰藉 と 医者 読み方が同じ なんか不思議。
茨木のり子さんのお父様は常々日本人の依頼心、依存心の強さを問題視されてたそうです。
私も同感。
私も含めて日本人よ!強くなれ!フレーフレー

と感じてます。
人の力はすごい

はず。 がんばれ人間!がんばれニッポン!
人の力と言えば昨日の北京オリンピックの開会式。
感動した〜。
チャンイーモー監督、素晴らしい

歴史を支えてるのが一人一人の人間。
人間のすごさを感じて圧倒されました。
暑いのにますます気力燃え上がる熱いわたしです

。
それにしてもアツいな〜
銀座コロンバンのメロンボールはなんと「ムロン」と言います。
デパ地下で足を止めてしまいました。

ムロンはフランス語でメロンのことだそうなので、そんなに驚くことはないけど、
一瞬「無論」って漢字が頭をよぎったよ。
ねっ、ねっ、やっぱりメロンボールは
果物の宝石箱や〜

でしょ!
今日はアメリカ20世紀の小説家
トルーマン・カポーティの『ミリアム』を
メロンボールに盛りつけます。
彼の名前を知らなくても『ティファニーで昼食を』はご存じのはず。
ムーンリバー

ラ〜ララララ

失礼いたしました

彼はゴシップにまみれた後年でしたが、幼いころは孤児のような悲しい生活を送ります。
そのせいでしょうか、人の心の闇や孤独、自分という存在の不安定さを描きだします。
この『ミリアム』は自分を見失いそして自立していく女性を描いています。
作品全体に『ティファニーで朝食を』と同じように都会的な雰囲気が漂っていますね

。
自分と同じ名前の謎の少女ミリアムは、宝石箱から別れた夫の贈り物である
カメオのブローチをもっていってしまう。
彼の作品の中に出てくるj宝石は、切ないものの象徴かも知れない

。
「彼女はレキシントン街を走るバスに乗り、北に向かい八十六丁目までいった。
・・・・何が欲しいのか、何が必要なのか、
考えはなかったが、彼女は、通りをぶらぶら歩いていった。
元気よく、傍目もふらずに歩いている通行人たちだけを眺めた。
彼らを見ていると、彼女は、自分がひとりぼっちになったようで
心が落ち着かなかった。」(新潮社)

自分に自信のないとき、自分を見失いそうになったとき、
大勢の人の中での孤独を感じることは容易に理解できますね

。
この小説では主人公が最後に自分が頼りにし、信じることができる人間は誰なのか?
その答えをはっきりと自覚します。
やっぱりたどり着くところは人間「自立」「自律」です。
そろそろ私も・・・・
ムロンを食べてよーく考えます。
冷たくしていただきます〜
ありました


以前ブログにも書いた思い出のサイダー。
復刻版かな〜
この暑さ、あまりの暑さにダウンしている人も多いんでは・・・
冷たいものの飲みすぎはいけないけど、どうしてもね。
喉をうるおします。うぅっ

こんなの飲んでるから夏太りするんでしょうね〜

今日はちょっと冷っとしようと
泉鏡花『外科室』をメロンボールに盛りつけます。
神秘的作品で知られる、泉鏡花は『高野聖』で有名ですね。
唯美的で、美しい人生の幻影を描きます。
『外科室』は明治28年の作品。耽美的、ヒューマニズムあふれる作品ですが、
ちと恐ろしいです。
親族にはそうそうたる位の人たちがいる伯爵夫人。
ひそかに心に思うのが高峰外科科長。
親族が見守る中、胸の切開手術をすることになりますが、
夫人は麻酔を一切拒否するんですね。
麻酔をして夢うつつの状態で、ひょっとして
自分の本心をうわごとでいうようなことが
ないかと不安におびえていたのです。
そんな不安よりは激痛の方を選ぶというわけです

激痛って言ったってね、限度があります

麻酔なしの大手術が施されます

。
美しい伯爵夫人が純潔なる白衣を着て手術台に横たわる様子、
手術が始まる緊張感

。
鏡花の冴えわたる筆は、凛とした外科室の冷たい空気と
外科医と伯爵夫人の熱い思いを描きだします。
いたそう〜
地位や社会的階級が存在しなければ、結ばれたであろう二人を
幻想的に描き出します。

まぁ。それにしても麻酔をかけなくてもうわごとを言ってる私は
麻酔をかけても一緒かも・・・
この暑さでうわごとも上昇中です

。